13『死(癌)からいのちへ』

                          光本喜久子

 
昨年の夏、市の癌検診に於いて思いもよらない結果が出て、私は癌(ガン)に侵されていた事がわかりました。当時の私は「癌イコール死」だと思っていたので「癌です。」と言われた時、余りにも突然に、私にとって余りにも早い死の宣告を受けた思いでした。丁度、五十八歳の誕生日のことです。しかし、この時ほど、本当の神様を知っている恵みを感謝出来た事は、他にはありません。筆舌に尽くし難い思いです。死に対しての思いが、神様の御言葉によって「あきらめ」でなく、「希望」となっていたからです。
 「まことにまことに、あなたがたに告げます。わたし(キリスト)のことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は永遠の命を持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。」「しかし私たちは神の約束に従って正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます。」(聖書)
 私はクリスチャンになって三十余年になります。
神様の福音が余りにも素晴らしく、会う人ごとに、天国行きの話をしていました。年を取ってまだ信仰を持っていない人には、何とかして天国行きの話を知っていただきたいと思って、どれほどそのチャンスを願っていたかわかりません。そんな私には、神様からの「死の瞬間の証人たれ。」とのお言葉のようにも思えました。実際に、死は恐くなかったのです。
 でも、だらしなくちらかした部屋、要らないものの山や、まだ結婚の決まっていない娘の事や、家事の事は一切私に任せっきりの主人の事を思うと、とても平安な気持ちではいられませんでした。とにかく、日記帳や古い手紙を燃やし、古い衣類を処理し、告別式の事まで主人や娘に頼み、即入院となりました。
 切開手術で癌を切除していただき、無事退院し、もうすぐ術後一年になります。神様は一人一人にご計画を持っておられ、今、私はまだ、生かされています。
 私のいた病室では、殆どの方々が死の恐怖を持っておられました。聖書を通して語っておられる神様のみことばを、ひとりでも多くの方々が信じてほしいと心から願っています。(1999/6/27)


注)原文のまま掲載しており、年数等は現在と違います。娘さんも既に結婚され、2001年2月13日には念願のお孫さんまで与えられ、祝福のうちに召天されました。

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