12『私の生きる目的』

                           小林享子

 「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。」(聖書)
 私はこのみことばが大好きです。それは以前、いろいろなストレスで押しつぶされそうになった時に、神様が私にこのみことばを思い出させて下さり、気持ちが楽になったからです。時々、もし私が神様を信じていなかったなら、今頃いろんな事に押しつぶされていたのではないか、と考えます。
 私は小学生の時、友達に誘われて教会学校に行っていました。中学生になるとその友達が行かなくなり、私は続けて行きたかったのですが、遠い教会に一人で行く勇気もなく、親も反対するので行かなくなりました。
 その後もお祈りはしていたのですが、オカルトやSFがブームになった時、こわくなって、目に見えないものを信じるのはやめようと、祈ることもやめてしまいました。
 その頃、「私は何のために生きているのだろう」と、何の目的もなく生きていることに空しさを感じていました。
 また、働くようになると、今まで悪い事だと教わってきた事を堂々とやっている人達が大勢いて、その人達の方が自信たっぷりで輝いていて、とても偉い事をしているように見えました。「確かに悪い事なのに」と思い、「何が正しくて何が間違っているのだろう。そんな中にいると窒息しそうだ。確かな規準が欲しい」と思うようになりました。
ある日、電柱に教会案内が貼ってあるのを見て教会学校を思いだし、教会に行きたくなりましたが、なかなか行く勇気がでませんでした。ある時、友達が教会に行き始めたと聞いて、「私も行きたい」と場所を教えてもらいました。
 教会へ行くようになって、正しい規準である聖書を知り、空しかった心が満たされました。また、いつも共にいて下さり、祈りに答え導いて下さる方を知って、生きる事が以前よりずっと楽になりました。
 そして、ずっと探していた私の生きる目的は、「神様の栄光のため」と知って、充実した毎日を送れるようになりました。(1999/3/28)

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