11『生きることの意味を知った』
        
                             千葉久江

 私は15才の時、心の病気にかかってしまいました。昔、一高生が「人生不可解」のことばを遣わして、華厳の滝に投身自殺をしたという、それ程にこの悩みは深刻なもので、毎晩のように裏の畑に行っては、降るような星空を見ながら思いました。「これ程すばらしい天体、そして人間の構造なのに、人は生まれてただ死んでいく、このくり返しの歴史の中で今私はここに存在している。生きることの意味、人生の真理はほんとうに何もないのだろうか。」
 17才で終戦を迎え、生きるだけでも大変な中にあって、いつしかあれ程の悩みも消え去り、やがて結婚しました。ある時期から夫は病気がちとなり、私はただ夢中で毎日を過ごし、たとえどんなに大変であっても人に相談し頼ることのできない私は、何もかも自分ひとりでの戦いでした。
 私が42才の時、母が亡くなりました。母への思慕と親不幸の責めが私の心を支配し始めた頃、母の友達の方と教会の奥様から相次いで電話を頂いたのがきっかけで、昔母と行った教会へ何十年振りに行き始めました。
 どれ程の期間がたった時でしたか、私は「えっ、ほんとうっ」とびっくりしました。キリスト教とは単なる宗教の一つと思い、母のすすめにも「宗教には関わりたくない」と見向きもしなかった私でしたが、あれ程探し求めていた人生の真理がこのキリスト教の中にあったのです。教理によっての知識を越えて、聖書の神が生きておられることを私は体験したのです。そのお姿は見えませんが、私の祈りにこたえてくださるみわざによって、その実在をいよいよ知ることができました。
 それから今日までの27年間は、聖書が語っている神のことばが真実であることを経験するものでした。そのおことばに従い、私は自分をおゆだねしました。何というすばらしいことでしょうか。私の人生での発見そして体験、それは天地万物を造られた神ご自身が私の面倒を見てくださるということ、今現実の出来事なのです。
 私は5年程前、癌を患い、その病勢はとても激しく、やせて日々弱っていきました。命のがけっぷちに追いつめられたようなあの気持ちは、忘れることができません。
 裸で生まれ、また同様に去ってゆくこの人生にあってなすべきことは、死の先にある人生への備えをすること。天のみ国に入れてくださるために十字架で死んでくださり、よみがえって待っていてくださるイェス・キリストを、私の救い主と信じ受け入れること。そして、聖書にあるように、「あなたは、あなたの神に会う備えをせよ」、これが人生の意義であったこと・・・。しかしその時、走馬灯のように様々な思い出は一つ一つ取り去られ、聖書のおことばの「神を恐れよ、神の命令を守れ、これが人間にとってすべてである」だけが、死を見つめての思いでした。(1998/7/26)

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