Q13 『子どもは神さまから与えられた尊い存在』

<質問> 39才主婦、東京都江東区在住
 神さまは、子供を殺すような人に子供を与えて、子供を待ち望んでいる私に与えて下さらないのは不公平じゃないですか。

<回答> 岩井 清牧師
 確かに、聖書では「見よ。子どもたちは主の賜物」であると教えられています。主から授けられ、神さまから与えられた尊い存在であり、決して親の所有物でも、自由に処理できる代物(しろもの)でもありません。
 ですから、胎内にせよ、生まれ落ちてからにせよ、その命をむやみに奪うようなことはあってはならないことです。どんなに小さな子どもでも、神さまから授けられた命の尊厳を持っているのです。
 ほんとうは、「子どもを作る」などということばも、神を畏れない傲慢な人間のことばであると言わなければなりません。人間は子どもの心臓や肝臓はおろか、髪の毛一本すら造ることもできないのです。
 たった10ヵ月の間に、脳や神経組織、内蔵、筋肉、骨格、皮膚など見事に子どもを組み立ててこの世に送りだしてくださるかたは神ご自身なのです。詩篇には、(神よ。)「それはあなたが私の内蔵を造り、母の胎内のうちで私を組み立てられたからです」と告白されています。
 私たちはその神、創造主を敬い畏れて生きなければなりません。
 ですから、子どもを待ち望んで神さまにお祈りしていく生活ならよいと思いますが、それが、いらだちや不平の日々になってしまうとしたら、それもまた、主権者にいます神を畏れない傲慢な態度になってしまうことに心をとめなければならないと思います。
 砂山節子さんは、中国に行ったとき、二人の子どもさんを失い、夫は行方不明、自分は失明を宣告されたとき、病院で不思議にも「数えてみよ主の恵み」という聖歌の一節を思い起こし、「見えなくなっても、歩ける、聞こえる、話せる」と主に与えられている恵みを数えはじめ、ついに喜びと感謝と祈りの生涯に導かれました。見倣おうではありませんか。

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