平塚福音キリスト教会牧師 岩井 清

 大阪の池田小学校に乱入して、二十三人もの児童や教師を殺傷した犯人の死刑が、先月の二十六日に確定しました。罪を悔い改めさせ、謝罪の心を持たせようとして、弁護団が控訴したのですが、肝心の本人がそれを取り下げてしまったのです。

 自分の罪を認め、「悪うございました。お赦しください。」と謝罪し、悔い改めることは容易ではありません。石のように堅い心が、肉のようにやわらかくなることは、むつかしいのです。神さまの恵みによるほかないのではないでしょうか。

 でもこれはひとごとではありません。たとえばイエス・キリストはこのような説教をされました。

「昔の人々に、“人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない。”と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって“能なし。”と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、“ばか者。”と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。だから、祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。」

 らんぼうに言いたい放題の言葉を吐きながら、そして相手の心をずたずたに引き裂き、傷つけながら、「悪かった。ごめん。赦して」とは決して言わない場合もあるのではないでしょうか。

 言葉だけではありません。キリストの弟子ヨハネはこう言っています。

「兄弟を憎む者はみな人殺しです。いうまでもなく、だれでも人を殺す者のうちに、永遠のいのちがとどまっていることはないのです。」

つまり、憎しみも、実は悔い改めなければならない罪に数えられるのです。

 神さまから、砕けたやわらかな心を与えられ、罪を悔い改めて、私たち罪人の身代わりに死んで甦ってくださったイエス・キリストを信じ、永遠のいのちをいただきましょう。
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