21『どう生きればいいのですか』

                          2003年8月24日
                   平塚福音キリスト教会牧師  岩井 清

 中学一年生までが犯罪に巻き込まれるというニュースに、日本中が驚いて語ることばを失うほどでした。親も先生も自分のこどもや生徒たちをどう教育したらよいのか途方に暮れる思いになったことでしょう。精神科のお医者さんの意見も千差万別ではないでしょうか。紀元前八世紀の預言者ミカは次のように述べています。ソクラテスやお釈迦さんより以前の人です。
 「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだって あなたの神とともに歩むことではないか。」
 要するに、人は正しく、誠実な愛と憐れみを示しつつ、生ける神を畏れ敬いながら謙遜に生きれば良いのだと教えているのです。この公義と誠実な愛と神を信じる謙遜を示す生き方は簡単なようですが、実行しようとしてもなかなか意のままにはなりません。
 自分の小学生や中学生時代を振り返ってみても、ずるいことをしてまで点数をかせごうとしたり、両親にさえ親切にできず、冷たく当たったり、威張って権力をふるったりして今考えても赤面のいたりです。
 ところが、新約聖書でイエス・キリストのご生涯をたどってみますと、まさにこのような生き方をされたことがわかります。神殿の庭で宗教的権力者と結託して暴利をむさぼっていた商売人たちをキリストはひとりで追い出してしまわれました。こうして公義を打ち建てられたのです。一方、だれも近づくことのできない荒れ狂った男や、皮膚が腐りただれてどうしようもなくなった人の友となって、その愛とまことを示されたのです。王の王であり、清く正しい愛の師でありながら、弟子の足を洗ってくださったり、私たちの罪を負って十字架のうえで身代わりの死を遂げられるという、この上ない謙遜を身に着けておられたのです。
 罪にまみれた者も、この救い主を信じることにより、その罪を赦され、神の子とされ、永遠の国を受け継ぐ者とされるのです。そして、今度こそ、キリストのお助けを受けつつ、正しく、親切に、謙遜に歩むことができるのです。
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