14『人間に信頼する者の結末、主に信頼する者の結果』

                             2002年6月23日
                      平塚福音キリスト教会牧師  岩井 清

 「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」

 これは有名な聖書のことばです。パウロというキリストの弟子が、ギリシャにあるコリントの教会に書き送った手紙の一節です。
 「艱難(かんなん)なんじを玉にす」ということわざがあるように、艱難や試練は人を練り鍛え、高潔な人格へと成長させることもあります。
 ところが、他方艱難や試練に負けて失望し、高潔な人格どころか生きる力さえも失ってしまうこともなくはありません。
 つまり、どういう人がその試練に直面するかによって、結果が分かれるのです。
 実はここで「あなたがた」と呼ばれている人々は、神の子とされたクリスチャンのことを言っているのです。
 神は神の子どもたちを耐えることのできないような試練に会わせられないし、耐えることができるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださると約束されているのです。
 ヨセフという人のことが旧約聖書に記されています。彼は兄たちにねたまれて、エジプトに奴隷として売り飛ばされてしまいます。そればかりか、ご主人の奥さんから誘惑されて、それをつっぱねたため濡れ衣を着せられて投獄されてしまいます。
 しかしこの試練の連続の中で、神はこの神の子どもをお見捨てにならず、彼は突如囚人から総理大臣に抜擢(ばってき)されるのです。
 では、どうしたら神の子どもになれるのでしょうか。そのことも聖書にはっきりと記されています。ヨハネの福音書1章12節を読んでみてください。
 「しかし、この方(イエス・キリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には神の子どもとされる特権をお与えになった。」
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