6『異端から救われて』
                        
                        K.O


 子育ての失敗や、舅(しゅうと)との問題に悩んでいた私は、『人を変えるのは難しい。自分が変わったら問題が解決するのではないか』との思いを持つようになりました。また、以前から、『人生にはどうしてこんなに悩みや悲しみがあるのだろうか』、『この世界はどうして出来たのだろうか』、『人間は死んだらどうなるのだろうか』、『何が真実で正しいことなのだろうか』というように、真理を追求する心もありました。そして、結果として、自力救済の修養団体や、キリスト教の異端と呼ばれ、社会問題を引き起したカルト教団に関わりを持つようになりました。しかし、いろいろな疑問や問題に対しての「精進しなさい」、「寄付をしなさい」という団体の答えに私は満足できず、壁にぶつかって悩みました。そのような時、私は友人の導きにより、平塚福音キリスト教会の門を初めてくぐりました。
 「わたし(イエス・キリスト)は世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」という聖書のみことばをもとに、「光(イエス・キリスト)の中を歩まなければなりません。」と、牧師が懇切に力強く解き明かしてくださいました。私はこのみことばの中に自分が求めてきた真理を感じ、強烈な感動を受け、今まで闇の中を歩んでいたのだと、自分のあやまちを示されました。そして、私は過去のすべてを捨ててここで学ぼうと決意して、求道者となり、その一年後に洗礼を受けさせていただきました。
 まだ乳飲み子のようなクリスチャンですが、礼拝や様々な機会を得て学ぶにつれ、「神は実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」とある神の大きな愛、そして、神の御子イエス・キリストの十字架の贖いとよみがえりを信じれば、神の一方的な愛によって救われるという、すばらしい福音の真実の意味を知り、ただただ感謝に耐えません。今まで、『何でも自分の力で解決しなければならない』と、思い上がりで一杯だった私でしたが、『この世界を創られ、ご支配しておられる神にすべてをおゆだねし、祈り求めて解決していただくということが、如何に自由で気楽で平安でいられる事か』と思うようになりました。
 異端から救われ、安心して信じていける、本物の神様に出会えた事の喜びも、過去の様々の出会いも出来事も、今では、みんな神様のご計画のうちにあり、神様のお導きであった事と感謝すると共に、このことを一人でも多くの方々に知っていただきたいと願う今日この頃です。(1998/2/22)
                       
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