25『患難を感謝して』

                      森田 学

 私はクリスチャンホームに生まれ育ちましたが、小学生の頃から将来に希望を持つ事のない心の冷めた人間でした。この思いは小学校二年生のときにキリスト・イエスを信じ、洗礼を受けて自分なりに聖書を読んで色々と考えた結果でした。
 そんな私の考え方を変える事件が高校に入って何ヶ月もしないうちに起こりました。それは、小学校からの知り合いで、又クラスの中で唯一の話し相手をしてくれた友人が、突然集団で私を無視し全く近づかなくなってしまったのです。確かに私は消極的で、心も冷めていて、何を話しても何をしてもつまらない人間でしたが(これらのことが主な理由だった)誰もしゃべる人がいなくなってしまった事にショックで、不安と恐れでどうしたら良いのかわからなくなってしまいました。
 しかしその時、私の心の中から『患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す…』(ローマ人への手紙5章3節〜5節)という聖書の中にあるみことばが響いてきて、不安や恐れが消えてゆき、心に平安が与えられました。そして、この患難を感謝して受け取ることができ、又私のことを嫌っている友人のために祈ってゆく心を与えられたのです。
 今までは、孤独でも別に良いではないかと心の中で思い、又その言葉に逃げて生きてきましたが、この事を通して、その自分の考えが崩されて「いつでも神様にたよって生きてゆきたい」へと変わり、「私は自分一人だけで生きているのではないのだなあ」と思うことができるようになり、又同時に「神様の助けの中で生かされているのだ」ということを実感しました。
 私の心が変えられてからも、患難はなくなりませんでしたが、人との交わりの中でだんだんと自分自身に劣等感を抱くことがなくなり、自然に自分を出してゆくことによって自分のことを理解してくれる友達が与えられました。
 今では、この患難は、常にマイナス的な考えで生きてきた私を変えるために神様が与えてくださったものだと信じ、感謝しています。そして、忍耐することによって同じようなことが起こってもそれらの試練を感謝し、自分ではどうにもできないことを神様にゆだね、たえず祈りながら生きてゆけるようになりました。(2002/2/24)

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