18『聖書のことばは真理である との霊感』

                         笠野欣二

 最初に私の生い立ちを申し上げます。一九一九年和歌山市で誕生。父は旧制中学校教員。生後七日後母死亡。幼児は祖母、伯母、義母に育てられ、八歳の時父死亡、その後は祖父母に育てられました。祖父母の深い愛情によって楽しい少年期を過ごしましたが、祖父母亡き後は、父母の愛を求める寂しさが心の中を吹き抜けて行く思いを常に感じていました。
 小学校教員となり、二十六歳の時平塚に転居し、港小学校で六年勤めました。キリスト教に接したのは、六年生担任の時クラスのPTA会長をしていられた谷崎とくの様というクリスチャンの方から、「先生一度教会に来てみませんか」と誘われた私は、当時戦後のキリスト教ブームの時代でしたので、「それでは何かの参考のためになれば」という、今思へば全く不遜な気持でした。妻にも恵まれ二人の子供も与えられ、貧しい生活でしたが特別宗教を求めなければならない必要はありませんでした。
 その頃の教会は村川さん原さんの家庭集会の時代でしたが、牧師の話を聴き、聖書を通して語られるみ言葉は、「真理」であるという霊感がひらめきました。それからは集会が待ちどうしくて、出なければ勿体(もったい)ないという気持で殆ど集会に励み、三年後洗礼を受けました。キリスト教の教理が分かったというわけではありません。聖霊とか、よみがえりとか、まだ十分わかりませんでした。しかしこの真理の聖書に従っていけば罪赦されて永遠のいのちにあずかることができる。もう死も怖くない。永遠の天国に入ることがてきるという喜びがいっばいでした。
 私が教会で心を引かれたことに、牧師は少ない報酬の中で全き献身をして魂の救いのため命をかけて働いていられることや、献金も自由で強制しないこと、またクリスチャンになっても病気など神は試練を与えて下さることなど、これこそ本当の宗教だと思いました.私は三十五歳のとき粟粒結核という昔は不治といわれた病を患い、二年休職して全治するという大きな恵みを頂きました。以来信仰歴約五十五年、何一つ迷う事なく教会一筋に信仰を持ち続けて、今日に至った事を感謝している毎日でございます。私のように従順に聖書の言葉を受入れ、皆様も礼拝集会に続けてお励み下さい。(2000/8/20)
                      
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